PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

海の家で思い出す。。。

小さい頃の思い出。。。

それは何か事あるごとに思い出され、何でこの思い出ばかりが思い出されるんだろう。。。と思う事があり、そしてそんな思い出がいくつかある。



昨日、海の家に行ってまた思い出した。

小さい頃、毎年恒例となっていた「親戚一同海水浴大会」だ。
そんなネーミングは無かったが、所謂盆休みに親戚中が集まって海水浴を楽しむという恒例行事があった。

毎年決まって愛知県の内海海水浴場にみんな集まった。
その頃の私は日本の都道府県もままならない幼さだ。今でこそ愛知県とわかるが、連れて行かれるがまま何処であろうと「海」というだけで一番の楽しみだった。

毎年お世話になる民宿も決まっていた。
さすがに民宿の名前までは覚えていないが、それだけの大人数で押しかけるので毎年2階は私たちの貸し切りだった。
襖を取っ払えば何十帖かになる大広間。
到着するや否や、端から端までコロコロ転がってその広さを楽しみ喜んでいた事を思い出す。

窓からは漁港が眺められた記憶がある。
日本の海の景色だ。
漁船の「○○丸」というネーミングに格好良さを感じていた。
大阪のど真ん中に住んでいた私にとって、船というのは憧れの乗り物でもあった。

一服したい親の気持ちなど知る由もない。
目の前に広がる海を見せつけられて我慢できる子供はいない。
早速海に向うのだ。

親たちは大荷物だ。ござやらパラソルやら持って海岸に向う。
子供たちはもういつでも海に飛び込める状態で大はしゃぎだ。
当然名前の書かれたスクール水着に水中メガネを頭につけ、浮き輪を体に通し、一目散で海に向う。
途中親たちに何度も止められ、焦る気持ちを押さえきれなかった事を思い出す。

DSC03452.jpg

今でこそ真っ青な海でないと感動もしなくなったが、その頃は海ってだけで大感動だ。
準備体操もそこそこに海に飛び込む。
しょっぱい海の水に「ここは海なんや!」と実感する。
年に一度の海水浴だ。
押し寄せる波にはじめは戸惑うが、そんな戸惑いも何のその。
1時間置きに上がれと言う、親たちの忠告も聞きやしない。
半ば強制的に上がらされ、漸くお腹がすいている事に気づく。

お昼だ。

お昼ゴハンは決まって海の家だ。
子供たちは次々に好きなものを注文する。
メニューを見ての注文じゃない。自分たちの好きなものを声高らかに言っているだけだ。
「カレーライス!!」「ラーメン!!」
海で遊んだ後のカレーライスもラーメンも格別だ。

「食べてすぐに入ったらアカン!」とまだ入水許可がおりない。
その間は砂遊びだ。
おおきな砂山を作ったり、日光浴している親たちを砂で埋めにかかったり。。。
どろんこになっても海に飛び込めばきれいになる。
母親も洗濯の心配がなかっただろう。

いつもは「お腹が冷えるからそんなに食べたらアカン!」と言われるかき氷もこの日だけは何も言われない。
メロンだ、いちごだと、甘ったるいかき氷が並ぶ。
しかし食べる速さより溶ける方が速い。最後は飲み物だったはずだ。

DSC03451.jpg

そうやって夕方まで目一杯遊んだ。
疲れを知らない子供とは恐ろしいものだ。
今でこそ親の苦労がわかる。

民宿に帰って来るとまずはお風呂だ。
ぬるめのシャワーで砂を落とし、、、何て言う生半可なもんじゃなかった。
アツアツに湧かされたお風呂に入るのだ。さすがに水で薄める事はするが、昼間の日焼けにこのお風呂は苦痛そのものだった。
冷えた体にはこのお風呂がちょうどいいと大人たちは考えていたのかもしれないが、子供たちにとっては堪え難い苦痛だった。。。

貸し切り状態の二階にテーブルを並べて夕食だ。
親たちは漸くこの怪獣のような子供たちから開放だ。
親たちは親たちで飲みはじめ、怪獣は怪獣たちで食事そこそこにまた遊ぶ。
この日ばかりは少々の事では怒られない事を察していたのだ。

おいしい夕食の後は庭先で花火だ。
線香花火のチロチロが、子供ながらにきれいに思えた。
その頃の私は、打ち上げ花火がどうもコワかったのだ。

漸く遊びたい気持ちを睡魔が勝りだす。
二階に上がるとさっきまでの畳の大広間が布団で埋め尽くされている。
ここでまた遊びたい気持ちが目を覚ますが、然程続かない。
次々に怪獣たちは夢の中に引きづり込まれていく。。。
夏休みではない。。。夏遊びだ。。。

そんな日が一週間程続く。

親戚の子供たちもこれだけ寝食を共にすると兄弟と何らかわりない。
楽しい夏休みの終わりは涙の別れだ。
私も泣いた。
兄弟のいない私はまたひとりぼっちになる。
遊んでくれた親戚のお兄ちゃんもいなくなると思うと、たまらなく寂しい気持ちになったんだと思う。

そんな夏休みが何年続いたんだろうか。。。

主役は私たち子供だ。
誰かが中学に行くようになってこの恒例行事もなくなっていったんだろうなぁ。




また、長々と綴ってしまった。。。

今思えばよくもまぁ、こんな夏休みをおくらせてくれたと思う。
親たちに感謝だ。
そしてこうして私の心の奥に色褪せる事なく思い出として残っている。
写真はセピア色に色褪せちゃったけどね。

DSC03448.jpg

40を過ぎた今でも思い出すんだから。
そして40を過ぎた今でも楽しく思うんだから。

思い出は宝物なのだ。。。


ある年、いつものように海で遊んでいると私の顔が腫れだした。
みるみる晴れ上がり、海岸でちょっと大騒動になった程だ。
直ぐさま病院に連れていかれ、診察を受けた。

「おたふく風邪」。。。

私は民宿でひとり、宿題させられたことがあった。
楽しくも何ともなかったが、それも今では楽しい思い出のひとつだ。
スポンサーサイト

| ソトボ 日誌・生活 | 23:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://sotobo99.blog116.fc2.com/tb.php/813-fa71d144

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。