2009.02.19 Thu
「ラジオな生活」が蘇る。。。
sotoboに暮らしだして、あきらめていた事がある。
それはラジオを聞くってことだ。
ラジオだけでなくテレビもそうだが、海岸に近いと電波が上手く受信できないのだ。いわゆる、電波障害地域。
テレビは風が吹けば画像も一緒に揺れるし、ラジオの善し悪しはあると思うが、ラジオは全くといっていいほど受信不可能。
それまで私はかなりのラジオっ子だった。それも「TBSラジオ」に特化していた。
遡れば、10年近く前だ。
その頃世田谷に住んでいて、アトリエが多摩川のそばにあった。
アトリエといっても作業場。(その頃、赤ちゃん雑誌の表紙の衣装やCM衣装などを作っていたので。)小っさな古〜いアパートの一室だ。
古いアパートとラジオってのが、またよく似合う。
作業中何気なく流していたラジオ。
はじめは耳に入るでもなく、ただただBGMがわりに流していた。
しかし序所にその魅力にハマり出す訳だ。
ハマったら最後。アトリエだけでなく、リビングにもお風呂にも車の運転中はもちろん、いつでもどこでも「TBSラジオ」だった。
ついには投稿にまで手を染めた程だ。
ラジオ生活。今思えば学生の頃の深夜番組がはじまりだった。
大阪に住んでいた私は、「ヤングタウン」「ハイヤング京都」「オールナイト日本」で育った。東京に出てきた頃は「J-WAVE」の都会的な格好良さに酔いしれる。それにラジオのDJがクローズアップされていた頃だ。横文字入りの名前と、流暢な英語がかっこ良く感じていた。
確か12〜3年くらい前だと思う。
友人と独立していた頃、仕事場ではJ-WAVEを流していた。
ある日、ラジオから「DJ募集!」が耳に入る。
デモテープと履歴書が1次審査らしい。
友人と二人、口にはしないがそれぞれ妙に盛り上がっていたのを思い出す。そうなれば行動力に長けている二人だ。行動は早い。それぞれ応募した。
もう、応募したら「夢のJ-WAVE DJ」誕生! 夢が膨らむ。膨らむ。
そうなると応募結果の待ち遠しい事、待ち遠しい事。
「俺がDJになったら、お前ゲストに呼んだるわ。」と、、、。
しかし結果は2人して惨敗。。。当たり前と言っちゃ当たり前。
しかしその頃はある程度本気だったんだろうなぁ。
「ボクのどこがダメだったんですか!」とJ-WAVEに電話したのを覚えている、、、。
そもそもラジオの魅力って何だろうか。
一言で言うと、テレビのような押しつけさがなく、映像がない分想像力が働く。
それに夜中一人で聞いていると、パーソリティーと私…みたいな親近感がわく。
じゃ、TBSの魅力は?(ハハハ…)
ん〜〜〜〜何だろう。等身大的と言いましょうか、安心感があると言いましょうか、、、。
「J-WAVE」のような洗練さも格好良さも時代性みたなものは何も感じないが、永 六輔や大沢悠里や毒蝮三太夫に、、、ほっとする。
宮川 賢や伊集院光の笑いがちょうど壷にハマったりする。
私は伊集院光のファンなのだ。
何でいきなり「ラジオ」について綴りだしたかと言うと、、、

この雑誌で消えていた魂に火がついた。忘れていた「ラジオな生活」を思い出した。
今ではラジオらしいラジオは防災用のラジオしかない。再度スイッチを入れてチューニングするも、一向にザーーザーー言っているだけで、何も聞こえない。。。
電気屋さんでいろいろ説明を聞き、一台の高感度ラジオを選んだ。
この電波障害地域にどれだけ太刀打ちできるかはわからないが、思い切って購入する事にした。「ラジオな生活」を取り戻したくて。。。
そして今日、その高感度ラジオが届いた。

『SONY ICF-EX5 MK2』
ロングセラー。変わらないこの無骨なスタイルが、この2月リニューアルしたらしい。(ほとんど変わりないらしいが。)
開発担当者曰く、技術的に行き着くところまで行った一品との事だ。
このラジオでキャッチできなければ、あきらめるしかない。。。
恐る恐るスイッチを入れる。。。
チューニングを合わす。。。
キュイィィ〜〜ンン キュキュィィィ〜〜ン ......
おぉぉーー入った!! TBSが入った!!
スゴい!! 普通に聞けるゼ!!
この感動は言葉にならない。ホント嬉しい〜〜♡

また昔のように「ラジオな生活」が蘇った、、、。
またいつの日か「DJ」になる事を夢みて、、、ってか!
それはラジオを聞くってことだ。
ラジオだけでなくテレビもそうだが、海岸に近いと電波が上手く受信できないのだ。いわゆる、電波障害地域。
テレビは風が吹けば画像も一緒に揺れるし、ラジオの善し悪しはあると思うが、ラジオは全くといっていいほど受信不可能。
それまで私はかなりのラジオっ子だった。それも「TBSラジオ」に特化していた。
遡れば、10年近く前だ。
その頃世田谷に住んでいて、アトリエが多摩川のそばにあった。
アトリエといっても作業場。(その頃、赤ちゃん雑誌の表紙の衣装やCM衣装などを作っていたので。)小っさな古〜いアパートの一室だ。
古いアパートとラジオってのが、またよく似合う。
作業中何気なく流していたラジオ。
はじめは耳に入るでもなく、ただただBGMがわりに流していた。
しかし序所にその魅力にハマり出す訳だ。
ハマったら最後。アトリエだけでなく、リビングにもお風呂にも車の運転中はもちろん、いつでもどこでも「TBSラジオ」だった。
ついには投稿にまで手を染めた程だ。
ラジオ生活。今思えば学生の頃の深夜番組がはじまりだった。
大阪に住んでいた私は、「ヤングタウン」「ハイヤング京都」「オールナイト日本」で育った。東京に出てきた頃は「J-WAVE」の都会的な格好良さに酔いしれる。それにラジオのDJがクローズアップされていた頃だ。横文字入りの名前と、流暢な英語がかっこ良く感じていた。
確か12〜3年くらい前だと思う。
友人と独立していた頃、仕事場ではJ-WAVEを流していた。
ある日、ラジオから「DJ募集!」が耳に入る。
デモテープと履歴書が1次審査らしい。
友人と二人、口にはしないがそれぞれ妙に盛り上がっていたのを思い出す。そうなれば行動力に長けている二人だ。行動は早い。それぞれ応募した。
もう、応募したら「夢のJ-WAVE DJ」誕生! 夢が膨らむ。膨らむ。
そうなると応募結果の待ち遠しい事、待ち遠しい事。
「俺がDJになったら、お前ゲストに呼んだるわ。」と、、、。
しかし結果は2人して惨敗。。。当たり前と言っちゃ当たり前。
しかしその頃はある程度本気だったんだろうなぁ。
「ボクのどこがダメだったんですか!」とJ-WAVEに電話したのを覚えている、、、。
そもそもラジオの魅力って何だろうか。
一言で言うと、テレビのような押しつけさがなく、映像がない分想像力が働く。
それに夜中一人で聞いていると、パーソリティーと私…みたいな親近感がわく。
じゃ、TBSの魅力は?(ハハハ…)
ん〜〜〜〜何だろう。等身大的と言いましょうか、安心感があると言いましょうか、、、。
「J-WAVE」のような洗練さも格好良さも時代性みたなものは何も感じないが、永 六輔や大沢悠里や毒蝮三太夫に、、、ほっとする。
宮川 賢や伊集院光の笑いがちょうど壷にハマったりする。
私は伊集院光のファンなのだ。
何でいきなり「ラジオ」について綴りだしたかと言うと、、、

この雑誌で消えていた魂に火がついた。忘れていた「ラジオな生活」を思い出した。
今ではラジオらしいラジオは防災用のラジオしかない。再度スイッチを入れてチューニングするも、一向にザーーザーー言っているだけで、何も聞こえない。。。
電気屋さんでいろいろ説明を聞き、一台の高感度ラジオを選んだ。
この電波障害地域にどれだけ太刀打ちできるかはわからないが、思い切って購入する事にした。「ラジオな生活」を取り戻したくて。。。
そして今日、その高感度ラジオが届いた。

『SONY ICF-EX5 MK2』
ロングセラー。変わらないこの無骨なスタイルが、この2月リニューアルしたらしい。(ほとんど変わりないらしいが。)
開発担当者曰く、技術的に行き着くところまで行った一品との事だ。
このラジオでキャッチできなければ、あきらめるしかない。。。
恐る恐るスイッチを入れる。。。
チューニングを合わす。。。
キュイィィ〜〜ンン キュキュィィィ〜〜ン ......
おぉぉーー入った!! TBSが入った!!
スゴい!! 普通に聞けるゼ!!
この感動は言葉にならない。ホント嬉しい〜〜♡

また昔のように「ラジオな生活」が蘇った、、、。
またいつの日か「DJ」になる事を夢みて、、、ってか!
| ソトボ 日誌・生活 | 23:12 | comments:0 | trackbacks:1 | TOP↑






