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「文通」に思う

夕方メールを打っていたら、関西で木枯らし一号が吹いたとラジオで告げていた。
そのまま関東でも吹くだろうとの事。
この木枯らし一号。
秋深まり、坊主頭がしばれる時期がやって来るというお告げでもあるのだ。



今メールを打っていて思った。

思いついた時に打ち込み、キーひとつ叩けば瞬時に相手に届く。
時間的な事を考えてもとても便利な世界ができたなぁと毎度思う。
インターネットの普及でそんなメールの世界が広がった時、
便利ではあるが、何とも味気ない気がした事もまた覚えている。
それは手紙やら電話などと比べてのことである。
手書きでもなければ声でもない、どこか温かみの欠ける世界のように思えたのだろう。


しかし今ではfb(フェイスブック)など、ソーシャルネットワークの世界が広がり、リアルタイムでお互いの行動やら様子がわかる時代となったのである。
なんとも慌ただしさを感じずにはいられない。
手書きもなければ声もない。
お互い一ヶ所に集まらなくとも、ネットを介してあたかも顔を付合わせているかのように会話するのである。
それが今風のコミュニケーションであり温かみなのだろうか。


時代は進む。


考えると不思議ではあるが、そういった環境を利用していると、これまた慣れ親しんでいってしまうのだ。
「スゴーイ!」の感動が「あって当たり前」になり、行く行くは「なくては困る」に変わっていくのだろう。
時代が進むとはそういう事なのだろうか。


時代が進むとは、時間を短縮する事のように感じてしまう。
便利さとは、どれだけ時間を短縮できたかの値のように思ってしまう。


電話は、相手の時間にお邪魔することでもあるので、時間帯や相手の状況を考えて電話をする。
そんな気持ちと、そしてなんといっても生の声が聞けるのである。
手紙は、相手を思い言葉にする。そして文字にする。想像が膨らむのだ。
そして封筒やら便箋、ハガキといったものに相手を感じる。


8mmがビデオになりDVDになった。
公衆電話が携帯電話になりスマートフォンが当たり前のように言われる。
レコードがCDになるも、そのCDもダウンロードとなった。
手紙がメールになった。
会話はチャットとなった。
表情は絵文字に変化した。
ラブレターはラブメールになったのだろうか。

懐かしめば懐かしむだけ古き良きを味わい、あの頃の感動や便利さの驚きもまた懐かしさにかわっていく。


その昔味気ないと思っていたメールに、今では人間味感じてしまうのもまた時代の変化である。

友人とのメールでの会話。
それも昔でいえば文通なのかもしれない。
「文通」。照れくさくもいい響きである。

手紙もメールも、相手を思う時間や気持ちを言葉にする時間。そんなゆとりめいた時間が大切なんだと思う。

進化と共に変わっていく時間の観念。便利さの定義。

でも「文通」に秘める時間や思いとうのは、進化の代償には値しない大切なものだと思うなぁぁ。。。



木枯らし吹き始めるこの頃、毎年「年賀状」に悩み始める。
これだけは来年もかわらず「年賀状」である。

 *本日は写真なし。



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