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動物とのこと

アトリエで作業しているとリビングから「キャン」の一声。
声の主はヴォナだとすぐわかった。
こたつとじゃれての声でもなければ、威嚇しての声でもない。
痛さのあまりの「キャン」だと直ぐわかった。
ジョルノのことでヘルニアの知識はあった。
このひと鳴きがヘルニアの合図だったりするのだ。

リビングを覗くと、案の定ヴォナが動けず震えていた。
辛うじて動きはするが、どうも恐る恐るといった感じだ。
痛さのせいなのか、いきなりの異変に不安なのか、目をうるうるさせていた。

今朝病院で診察してもらい、おおよそヘルニアか捻挫だろうと診断を受けた。
今日からそこそこ安静のヴォナである。

DSC07643.jpg



いろいろあるのだ。
人間が虫歯になるように、頭痛や腹痛で体調を崩すように、
動物たちにもいろいろある。
そしてそんな動物たちが頼るのは飼い主さんだけなのだ。
動物たちが飼い主を選んでいる訳じゃない。
人間が飼い主になると決めたから、動物たちも信頼をおくのだ。
飼い主になる以上、家族の一員としてペットを迎える以上、覚悟と責任が必要だ。
これは当たり前の話である。


今朝、病院の待合室。
ある方の悲しく、はらわた煮えくり返る話でみんなして心痛めた。
それは10年ほど前のこと。車を運転していたら急に前の車のドアが開き、
あろうことか一匹の犬をほり投げ走り去ってしまったと言うのだ。
ほり投げられた犬は一生懸命その車を追いかけて行ったらしい。
一瞬の出来事で、その後どうなったかはわからないし、そもそも目の前で起きた出来事の真相すらわからない。
でもおおよそ検討はつく。
犬を捨て、走り去ったのだ。
悲しみを通り越し、愚かな人間の情けなさすら感じてしまう話である。
その方はそんな状況であれ、何もできなかった自分とそういった人間への悲しみで未だに思い出すと涙が出るとおっしゃっていた。


先日も10歳くらいのゴールデンレトリバーが海岸に捨てられていた話を聞いた。
脇にエサと水が一緒に置かれていたらしい。
捨てた人間がどういった状況かはわからない。
別れなければならない状況だったのかもしれない。
苦渋の選択だったのかもしれない。
でも捨てることはない。
それまでどうやって育て暮らしてきたのだろうか。
思い出だってあるだろう。
愛情だってあっただろう。
そしてそこにはどういった感情があったのだろうか。
「捨てる」という選択ができる感情とは一体どういったものなのだろうか。
そうやってペットを捨ててしまう家族に子供はいないのだろうか。
いろいろ考えさせられる。

一緒に置かれたエサと水。やさしさでもなんでもないと思う。



先日も泣き声がうるさいと、それまで一緒に暮らしていたミニチュアダックスを保健所に連れ込んだ飼い主がいたらしい。
まったく理解できない。
泣くのは人間の赤ちゃんだって一緒だ。
可愛い子ネコや小犬だって鳴くのだ。吠えるのだ。
病気もするし、イタズラだってする。
生き物なのだ。ちゃんと気持ちや感情をもった生き物なのだ。
人間に性格やタイプがあるのと同じで、動物たちそれぞれにも個性がある。習性がある。
これも当たり前の話である。

そういった話が非常に多いのだ。
悲しい話がいっぱいあるのだ。


道路に横たわったかわいそうな動物をよく見る。
かわいそうと思うのも人間なら、かわいそうにしたのも人間である。
人間がつくった社会に動物がいるんではなく、
動物も暮らしていた世界に勝手に人間社会をつくったのだ。
そして動物と人間の関係をも人間が勝手に決めてしまっているのだ。
だから責任がある。
せめて野良とされる動物たちが増えない努力をするべきだ。
ペットとして家族の一員に受け入れたなら、最後まで責任を果たすべきだ。

そういった取組みをされている地域もある。団体もある。
でもまずは人間それぞれが命に対する尊さを考えるべきだ。
知恵を授かった人間なんだから、もっと知恵を使うべきなのだ。

命の尊さ。

もっともっと考えるべきなのだ。


DSC05786.jpg

こたつを保護した時、「保護しています」という看板を出した。
もしあの看板で飼い主さんが現われたとしても、こたつは渡さなかったと思う。
あの日のブログにアップした写真は選んだ写真なのだ。
本当は眼球があるのかないのかわからないくらい、目がただれていたのだ。
一日や二日でなる状況ではない。
そんな状況までほったらかしにする人にこたつは渡せない。
そんな立場ではないかもしれないが、ひと言言いたかったのだ。


悲しい話がいっぱいある。
連日報道される人間社会の悲しい話も辛いが、身近な動物たちの話も同じくらい辛い。
そしてそんな動物たちを救おうと頑張っている人たちもいるのだ。
でも限界はある。
人間がモラルを考え、命に対する覚悟と責任を持てばなくなる話なんだと思う。

たったそれだけのことなんだと思う。


一人前なことを綴ったが、私たちだってまだまだ日々コイツらに教えられている。
コイツらにとったら「ダメな人間だなぁ。。。」と思われているかもしれない。
でも一生コイツらと暮らしていく覚悟はある。
そしていつかやって来るコイツらの「死」も、ちゃんと見届けてやろうと思っている。

それが責任と覚悟なんだと思う。



打合せに出かけようと思たら、、、

みんなでお昼寝らしい。

DSC05553.jpg


誰か起きるかと思ったが、誰も起きてくれなかった。


今日も平和な昼下がりである。



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