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かっこええ関西のオバチャンとオッチャン

夕方。
まだまだ青空広がる「海の日」の今日ではあるが、
海からの風がほんのり涼し気である。
ちょっと冷たい飲み物でクールダウンと、「カフェフューシャ」さん。

DSC07514.jpg

一日だけのプチマルシェ。
別に約束した訳ではなくとも、いつもの面々が集まり挨拶を交わす。
夏の計画の話をしたり、こたつの話をしたり。
「太った?」と言われたかと思ったら「痩せた?」と言われてホッとしたり。
30分ほどの時間でも、煮詰まった頭をリセットしてくれる。

DSC07511_20120717083704.jpg

都会とは違った空気と時間に癒される。
さて、帰って作業である。



言葉の端々で「関西弁」が顔を出す私だが、概ねこの20数年でその「関西弁」を封印する事も心得た。
「関西の人はどこにいっても関西弁だ。」という定説は健在と言えば健在だが、かなりいい加減な話と言えばそれもまたいい加減な話だと思う。

関西弁圏を離れ「関西弁」を貫き通すというのは、少なくともどっかに意識が働いているように思う。
それは関西人なる誇りなのか、それともアピールなのか。
人それぞれ事情ないし思惑は違えど、何かあるように思う。
ただそういった思惑云々を抜きにして、待ってましたの如く封印が解き放たれる時というのが関西人が集まった時である。
たとえそれがふたりであっても、お互い関西人である確認ができるとスイッチが入る。
それはところかまわずスイッチ オンである。

関西弁に限った話ではないと思うが、故郷の言葉というのはどこか安心もある。
喋っていても、聞いていてもホッとする懐かしさに包まれる。
そして関西弁である私にとって、この関西弁というのはある意味社会のつい立てみたいなものを取っ払う効果があるのだ。
どれだけ偉い地位の人でも、どれだけ有名人であっても、その人から発せられる関西弁に親しみを感じ、勝手ながら距離をも縮めてしまう魔力のようなものがあるのだ。
「なんや〜あんたも関西人なんやぁ〜。」的な。。。


何をそんなに「関西弁」について力説しているんだとお思いでしょう。。。
日曜朝の番組「ボクらの時代」のゲストが、言わずと知れた日本を代表するファッションデザイナー「コシノ」三姉妹だったのだ。
この番組、毎回3人のゲストによるトーク番組である。
ファッション界にいた私にとって、この三姉妹は雲の上の存在であった。
ご存知この三姉妹の母である「小篠綾子」さんの生き様をドラマにしたNHK連続テレビ小説「カーネーション」。(私は見ていないんだけど)
その舞台裏の話やら当時懐かしい話で三姉妹が盛り上がった。

関西人三人集まれば、、、当然関西弁トークである。
「お母ちゃん」という言葉の親しみ。
「もったいない」と「ケチ」いう紙一重の言葉。
世界の「コシノ」三姉妹、私にとって雲の上の存在であっても、そこは関西人なのである。

悪口ではない。かっこええ関西のオバチャンなのである。
妙に親しみを感じ、見入ってしまったというただそれだけの話である。


そして、、、

私が学生の頃、誰が歌っているのか知らずしてかっこいいと思った曲があった。
はじめは誰が歌っているのか知ろうとも思わなかった。
ただカセットテープに録音し、車でいつも聴いていた。
その曲の意味を知ったのも随分後というか、ほぼ最近だったんじゃないだろうか。
月のあかりを感じた時、自然に心で口ずさむ。

月のあかり」。桑名正博

同じく朝、びっくりした。

かっこええ関西のオッチャンに、がんばってもらいたい。

DSC02716.jpg



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