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年は70を過ぎた女性から写真を見せられた。
先日友人たちと遊びに行った先での記念写真。
すました女性が写っている。
その女性「この年になって自分がきれいになったなぁと思うんです。」と。
「とってもおきれいですよ。」のひと言を期待したんだろうか。
いやいやそうではなさそうだ。
思いもよらない投げかけに躊躇していると、横にいた70半ばを過ぎた男性に
「何を言っているんだよ。」と冗談まがいに一喝。
ささいのないひと幕はそこで終った。


何というか、その時はささいのないひと幕と思たが、
なかなかどうして大変考えさせられるひと幕であった事に気づく。

70を過ぎ人生終盤にさしかかった女性のひと言としては、なかなか未来ある前向きなひと言に思える。
それはうぬぼれた話でも勘違いと一喝する話でもない。
女性の言う「きれい」は、間違っても自分が有名女優にでも見えたという話ではなく、今の自分に納得している証のような気がする。
ちょうどいい塩梅に気持ちも生活もバランスよく、そしていい時間が過ごせている証なんだと思う。
その女性にとって、それが小さな自信になっているんじゃないかと。
そしてその自信が毎日の生活の糧となれば、それはそれで大変力強い事だと思う。

「華やかな美」というよりは、これまでの人生を振り返り「成し遂げた美」のように感じる。


近いうちに写真を撮ってあげようと思う。
その小さな自信に溢れた笑顔を撮っておこうと思う。


さて、実を言うと
「この年になって自分がきれいになったなぁと思うんです。」
というのは、
「この年になって自分がきれいになったなぁと思うんやわ。どう?」。

「何を言っているんだよ。」
というのも正しくは、
「何を言うとるんや。」。


70過ぎの女性というのはsotobo母であり、70半ばを過ぎた男性というのは当然sotobo父である。
ささいのないひと幕というのはsotobo親子の会話である。

そして近いうちに撮影する写真とは、
sotobo母のいつかはやって来る準備である。

そのちょっと自信ありげな笑顔を、彼女の遺影としてあげようと思う。



 『page』 遺影

nformation:
『page』の最新情報はコチラから → news
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| ソトボ 日誌・生活 | 23:50 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

いいと思う! その日は突然やってくる。自分の父を闘病の末、義理の父を急死で失い、葬儀の写真を選ぶ慌ただしさと喪失感を知りました。葬儀中とその後の家に帰る写真。その人の時間を切り取った遺影。その写真をみながら思い出す大切な時間のためにも!

| meetoo | 2012/05/20 02:12 | URL |

素敵ですね~!
人それぞれ成し遂げたものは違うにせよ、そうして自分の人生に自信をもてる「今」があるのは本当に素晴らしい事だと思います。
私達もそうなりたいですね!

| pg | 2012/05/20 08:57 | URL |

meetooさんへ

『page』photoで遺影について考えたのも、meetooさんと同様の事を考えたからです。
弔う気持ちの反面、葬儀といった段取り。やはり準備しておくのが本人の為であり、家族の為でもあるんだと思います。

| sotobo | 2012/05/20 12:14 | URL |

pgさんへ

本人は自信なんて感じてないと思いますが、家族としてちゃんと話しし、本人と家族のため準備しておくのは大切なことだと思います。遺影って、思い出なんだと思うんですよ。

| sotobo | 2012/05/20 12:17 | URL |















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